VRを通して体験するゲーム内の死の重さとその弊害 『Last Labyrinth』レビュー

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罠にハマったり、深手を負うなどを原因に発生するプレイヤーの死(ミス)。昨今のゲーム、主にアクションゲームでは「残機」の概念を廃すなど、ミスをした時のリスクを軽減する例が増えつつあります。復帰時間も短縮傾向にあり、近年は1~2秒しかかからない例も。

もちろん、全てがそうではなく、何度も復帰できても別のリスクを背負われたりするものもあります。しかし、ゲーム内でミスを犯す・死ぬことの怖さは年々薄まってきている印象が否めません。

そんな”おもてなし”が当たり前になりつつある昨今発売された、VR専用脱出アドベンチャーゲーム『Last Labyrinth(ラストラビリンス)』は、ゲーム内で死ぬ一連の怖さを入念に描き、体験させることにフォーカスしたチャレンジングな1作となっていました。

二人三脚でパズルに挑む、不自由感が光る脱出アドベンチャー

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気が付くと、見知らぬ館の中にいた主人公(プレイヤー)。
座っていた椅子から立とうとするも、手首も含めた全身を拘束具で固定されており、動こうにも動けない。唯一、動かせるのは頭も含めた首、右手、そしてその手元に置かれた謎のスイッチ。試しにボタンを押してみると、頭部に装着されたレーザーポインタが作動するようになっていた。さらに、部屋の中にはこちらを冷たい瞳で見つめる謎の少女が一人。
かくして、主人公は少女「カティア」の協力を得ながら、館からの脱出を目指すことになる。だが、その先には判断の誤りが死へと繋がる、危険な仕掛けの数々が待ち受けていた……。

このようなオープニングと共に本編は始まります。
進め方は簡単。館内の部屋を巡り、行く手を阻むパズルを始めとする仕掛けに挑戦していきます。無事、正解を導ければ次の部屋に繋がる扉が開錠。先へ進めます。もし、不正解だった場合は……お察しください。

ただ、一連の仕掛けにはプレイヤーが直接手を下せません。ストーリーの通り、全身を拘束されているからです。なので、右手に持ったスイッチでレーザーポインタを作動させ、カティアに調べて欲しい場所、物を示します。示せばカティアが「これを調べるの?(動かすの?)」と、こちらの判断を仰ぐ仕草をしてきますので、そのまま直接頭を動かして肯定・否定の素振りをします。これらのを繰り返しながら、部屋ごとの仕掛けに挑戦していきます。いわば二人三脚の感覚で進めていくのです。

最終目標は館からの脱出ですが、意外に早く達成できてしまいます。ところが脱出後のイベントが終わるとスタート地点へ逆戻り。再度、部屋を巡っていくことになります。しかも、以前とは違うルートを辿って。いわゆる並行世界(パラレルワールド)の構造になっていて、何度もループしては違うルート、仕掛けに挑んでいくことになるのです。

やがて行き着くエンディングもルートごとに変化。全部で8種類+αに及ぶ異なる結末が用意されています。そのどれかに辿り着くのが真の最終目標。単純に仕掛けを解いていくだけで終わらない、複雑な構成になっています。

脱出アドベンチャー特有のパズルなどを解く過程は比較的王道ですが、主人公の拘束設定を活かした二人三脚形式、ループ構造による区切りの多さによって、独特のプレイ感を演出。何よりVR特有の酔いに着目した、最小限の操作が異彩を放っており、拘束設定も絡めて主人公にちゃんと”なりきれる”作りになっています。

本作はPlayStaiton VR、Oculus Rift、Oculus Quest、HTC VIVE、Windows MRなどの全ヘッドセットで遊べるマルチプラットフォームタイトルでもありますが、中でもPSVRは座ってプレイするのを推奨している点があることから、設定が際立っている感じです。

あえて克明に死の模様を描く

そんな拘束設定がもたらした酔いにくさも素晴らしい本作ですが、一番は理不尽、且つ残酷な状況を作り上げることへの毅然としたこだわりでしょう。拘束されているがために仕掛けへは手を出せず、カティアに委ねるしかありません。そして、身動きが取れないがゆえ、仮に部屋の中の罠が作動したら、迫り来る死を受け入れるしかなくなります。

本作は仕掛けの解法を間違えれば、問答無用で死んでゲームオーバーです。それも、先にカティアがやられたあと、運命を辿る形となります。いたいけな少女が危険な罠に襲われ、死ぬまでの一部始終を見せられる訳です。率直に言いまして、かなりエゲつないです。人によってはトラウマになりかねません。

一応、出血や身体欠損などの直接的な表現は避けられていますが、反ってそれが想像力を刺激。カティアの動きが人間味に溢れているのも、余計に残酷さを際立たせます。何より、拘束設定の所為でプレイヤーが助けたくてもできない。成す術もなく、自分に協力してくれた少女が酷い目に遭い、生涯を終えてしまう光景は嫌になるほど心をエグります。もちろん、プレイヤーも死を迎える訳ですが、そのインパクトはカティアがやられた時よりかは弱い……むしろ、諦めの境地みたいな心境になります。

いずれも感じ方に個人差はありますが、それでもここまで死を怖いものとして描いたのは圧巻の一言に尽きます。昨今のゲームを踏まえると、テンポの悪さはかなりのものです。何より、間違えてからすぐに死ぬわけでもなく、復帰まで時間を要します。脱出ゲームだけに集中したい思いが強ければ、「こんなの見せずに早くやり直させろ」となるでしょう。

それでも本作は快適に遊ばせないように振り切った。その意図するところは、死も含めて体験のひとつとしているからでしょう。
本来、死ぬのは非常に恐ろしいことです。なぜ恐ろしいかと言えば、それまでの自分が居なくなってしまう、これから楽しみにしている出来事を体験できず生涯が終わってしまうからです。それは自分に限らず、他人でも例えばエンターテインメントに関わるクリエイター、俳優などが亡くなれば、二度とその人が関わるものが見れない、楽しめなくなることにも繋がります。

ゲームは極端に言うと、死を軽く感じやすいメディアとも言えます。そこはやはりやり直せる……リセットが通用する世界だからなのもあるでしょう。なので、下手にリトライ不可なんてシビアなことをすれば遊びにくいと非難を受ける。実際にそれが足かせとなり、続く作品で極端な方針転換を迫られたケースも少なくありません。

また、昨今は失敗から復帰への時間がどんどん短くなっています。特にインディー界隈の高難易度を特徴とした作品は顕著で、失敗しても何度でもやり直せるからいいやと、あまり怖いものと考えなくなる自分が現れることも。

本作の死までの一部始終を体験すると、そんな最近の感覚に麻痺している自分に気付かされます。そもそも死とは本来、怖いものであり、安易に繰り返してはいけないものなのだ、と。また、例え目の前にいるのが現実に存在しないキャラクターだとは言え、死なせることはその生涯を失わせる、いわば殺すも同然の行いであることも考えさせられます。

そんなことを考え、改めて体験させるのを意図してこうしているのだとなれば、非常に意義ある措置と言えます。
また、死が怖くなればなるほど、カティアを守りたい気持ちが湧き、仕掛けに対して確実な解法を見出すため、手を動かすよりも先に頭で考えるようになっていく。注意力と慎重さが深まっていくのは、その辺りを鍛えたい人にはこの上ないと言えるかもしれません。

ゲーム優先で遊びたい場合は大きな難点なのは事実です。しかし、なぜこうしたのか、あんなにもエグく描くことにしたのかと考えれば、本作がVRという枠組みを取った理由が見えてきます。そして、逆にストレスを感じるのならば、死を軽いものと見なしている自分を証明することになる。そんな鏡のような一面を持った本作は、色んな意味で挑戦的な1作と言えます。

ループ構造の穴と鬼門「どうぶつしょうぎ」

しかし、幾ら死も含めた体験を重視しているとは言え、詰めが甘い・やり過ぎと言わざるを得ない部分もあります。
ひとつに部屋ごとのパズルとループ構造です。基本的に部屋ごとに用意された仕掛けは全て固有のものになっており、使い回しがほとんどありません。このため、どの部屋でも新しい仕掛けを目前にした新鮮味溢れる展開が味わえます……が。

裏を返せばループ構造の関係で、一部は何度かプレイすることになります。しかも、そのようなものに限って複雑な手順を要するものが大半を占めており、違う展開を楽しみたいプレイヤーは苛立ちを募らせることにも。

何より問題なのが、エンディングと関連付くイベントとして用意された「どうぶつしょうぎ」です。本作は実在する「どうぶつしょうぎ」とコラボレーションしており、敵キャラクター「ファントム」と対局することになるのですが、これが非常に長くてダレやすい。さらにルール説明がないため、遊んだ経験がない人を徹底的に斬り捨てています。

筆者が最も疑問に思ったのが、勝敗によって複数のエンディングに分かれる構造です。つまりこのイベント、コンプリートを目指すなら数回に渡ってやらなければならないのです。しかも、その度に勝敗数を調整しなければならないので、コンプリート目的なら過度なルーチンワークを押し付けられる形となります。

極めつけとして、このイベントでは勝敗に限らず、進行に応じて拘束されたカティアが酷い目に遭う様子を何度も見せつけられます。どんな目に遭うのかは伏せますが、勝敗に限らずな所はやり過ぎだったように感じます。

ただ、一番マズいのはエンディング到達と絡めすぎていることでしょう。コラボレーションゆえに力を入れたい、アピールしたい意図は分かりますが、さすがにここまでやるのは逆効果です。現に残るエンディングを見るために何度もやっている時は、どうして脱出ゲームを買ったはずなのに将棋をやっているのかとの疑問とストレスが逡巡したほどです。

せめて、このイベントは一部に限定し、他は脱出アドベンチャーとして貫き通して欲しかった。再プレイ時における複雑なパズルも、どこかに手順を飛ばせる”奥の手”のような仕掛け、それも一度クリアすることによって使えるようになるアイテムのような何かを用意してくれればよかったと思います。現に脱出アドベンチャーでループ構造を採用した一部作品にそのような再プレイを軽くする施策を採用した例がありますので、世界観を崩さない程度に組み込んでいただきたかった限りです。

このもどかしい体験は人を選ぶが、間違いなく記憶に残る

コンプリートを目指すに当たっての部分が残念ですが、僅かな判断ミスが直接、死へと繋がってその過程を体験させる構成、二人三脚式の一風変わった攻略法は光るものがあり、この点だけでも体験する価値はある作品に仕上がっています。

映像的な面でも、カティアは動き、リアクションも含めて非常に人間臭さ溢れるものになっていて、細かい部分へのこだわりが光ります。音楽も基本的に本編は無音、脱出成功やエンディングなどの場面に限定した手法を取っており、それが曲ごとの印象を強くしています。中でもエンディングのスタッフロールで流れるテーマ曲は、カティア同様に謎の言語で綴られた歌詞も相まって響くはずです。

昨今のゲームとして見ると、快適性周りに関しては難がありますし、パズルの難易度も高めで物によってはメモが取れないことに強いもどかしさを感じることもあります。しかし、あえてそこを犠牲にしてまで表現した確固たるこだわりが満載で、良くも悪くも挑戦的な作品と表するに相応しい完成度になっています。基本的に座りながらプレイするので、酔いの心配も全くありませんので、VRのゲームはあまりやったことがない、酔いへの警戒心を持つ方にも安心。ただ、本作で味わう体験の全ては容赦ないものになっています。

まずはどのような内容なのかを確かめたくば、先日より全プラットフォームで配信が始まりました体験版を。そこで先が気になった場合は製品版へ進んでみましょう。そして、コンプリートを目指すに当たっては大きな覚悟を決め、合わせて「どうぶつしょうぎ」のルールも把握しておきましょう。もしくはPlayStation 4、Nintendo Switchの『みんなのどうぶつしょうぎ』を買って予習しておくのもいいかもしれません。

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